①経験を活かした場 -研究報告の経緯-
この研究報告は、韓国の研究者との共同研究グループのワークショップ(The 6th Japan-Korea Workshop on Access to Genetic Resources and Benefit Sharing Arising from their Utilization under the Nagoya Protocol)におけるものである。生物多様性名古屋議定書の履行確保について、韓国の高麗大学校の研究者と2013年から実施している共同研究であり、私自身は過去にソウルと済州島でのワークショップにおいて報告したことがあった。
今回、もともと報告予定はなかったが、報告者の人数を両者で揃える必要があり、1ヵ月ほど前に急遽、報告を担うことが決まった。ところが、過去2回の報告において、すでに私が専門とする領域の報告は終えており、その後、新たな発展もなかったので、報告可能なテーマが見あたらなかった。
唯一、報告可能なテーマとして、「デジタル配列情報(Digital Sequence Information)」を思いついたが、十分に検討してきたテーマではないし、韓国側に専門家がいるので、報告内容が重なる可能性があった。しかし、他の選択肢はなかったので、日本の状況に絞った報告をすることに決めた。
それゆえ、幅広い検討ができたわけではなかったし、そもそも時間がまったく足らず、問題提起することができる内容は相当限定せざるをえなかったので、入念な予稿を作成することもできなかった。
また、当日まで他の報告者の報告内容がわからなかったし(他の報告者の直前まで準備をしていた)、実際、当日に他の報告者の報告を聞くと、歴史的な経緯をはじめとする基本的な情報は他の報告者が見事にカバーしていたので、私自身が用意していたスライドの数枚は省略する必要があった。省略することになる事態は予想していたとはいえ、私自身の報告直前に報告の構成を修正する必要もあった。
冒頭の挨拶や前の報告との関係は事前に整理して、簡単なメモは作っていたが、報告の中心部分は項目だけを整理したパワーポイントのスライドと若干の一次資料を用いて、読み上げ原稿を持たずにアドリブで報告することになった。
②アドリブの重要性
これまでは事前に原稿を作っていたので、ともすれば読み上げに近いようなところがあったが、今回はアドリブで臨まざるをえず、かなりの不安があった。しかし、いざ始めてみると、話す内容が天から降ってくると言おうか、言葉が身体の中からどんどん追っかけてくると言おうか、いままでにない感覚になり、言葉に詰まることなく、報告を進めていくことができた。
強調したい箇所において、同じ内容を異なる表現で繰り返すことも躊躇なく行うことができた。一次資料を紹介する場面でも、一次資料を引用する形で読み上げることはしたが、続けてそれを要約する表現も行うことができた。さらに、重要な箇所を名詞で繋ぐこともできた。文章をあらかじめ作りすぎない状態になったのである。スピーキングの稽古やAPESクラスで何度も行っていたからこそ、自然な状態で、アドリブで話せた。初めての経験であった。アドリブの重要性と考えすぎないことの重要性を最もフォーマルな場において実感したのである。20分の報告であったが、数分の時間オーバーをしながらも、あっという間に終えることができ、升砲館での学びが活かせたとの思いが溢れた。
③道具としての英語によるコミュニケーション
升砲館での学びが活かせたとの思いがもう一つある。アドリブで報告したにもかかわらず、聴衆とのコミュニケーションがきわめて円滑に行えたと実感したからである。何よりも報告中に聴衆を見る余裕があった。反応を見ながら、強調することができたし、自らが聴衆を向いているという状態を観察することができた。もう一人の自分を実感したのである。
さらに特筆すべきことに、報告後に多くの質問が提起された。韓国側の2人の教授らが非常に興味を示し、私自身が強調した部分についての質問やコメントが出された。我が意を得たりと思うものばかりであった。ただ報告を垂れ流すのではなく、報告内容が伝わり、それに対する反応があり、その反応に対しても自信を持って応えることができるという状態になった。ワークショップの最後にはパネルディスカッションを行ったときには、その場でも私の報告に言及するコメントや質問が出た。いずれも英語を用いてコミュニケーションができた証である。あくまでもコミュニケーションとの道具としての英語が機能したということである。升砲館において実践していた道具としての英語を実感することができた瞬間であった。
④今後の展開
正直なところ、英語による研究報告にはそれほど自信がなかった。入念に報告原稿を準備していたが、その場の流れや前の報告者とのつながりをうまく持つことができないと感じることが多かった。「アドリブなし、コミュケーションもなし」という状態だったのである。今回は準備期間が少なく、慣れないテーマであったということが幸いしてか、事前に検討した内容をアドリブで話したことで、かえって円滑に報告することができた。よくよく考えれば、日本語による報告の時にも読み上げ原稿を作ることはあまりしてこなかったので、やっと英語でも同じ形式で報告することができたのである。
これは自分自身の報告スタイルを変えることにもつながるし、結局、相手とのコミュニケーションが円滑に進み、充実したワークショップにもつながる。来年2月に韓国の釜山でワークショップを行うことも決まった。今後もアドリブの力を信じて、道具としての英語を用いたコミュニケーションを行うという姿勢で研究報告にも向かい合っていきたいし、さらに升砲館における学びに集中したい
以上