これまで英語以外のジャンルでも私は道場というスタイルをとるものに入門したことはなかった。
それに近いものとして、大学院の研究室が思い浮かんだ。指導教官が師匠となるが、国の農政に携わっていたため多忙で、アポイントを取らないと会えない存在であった。師匠や研究室の先輩方に囲まれる中行う論文の進捗報告では、よく集中砲火を浴びた。先輩方がフォローしてくれたが、私にとって師匠とは恐ろしい存在であった。伸び悩んでいた時期は「努力の方向性が間違っている」や調査に行く時も「ただ、事前に聞きたかったことを聞くだけでは、子供のおつかいだ」と常に自分で考えることが求められた。
「教わらない自分で開発」というスローガンは研究室のポリシーに近いものを感じ、升砲館のスタイルはすんなりと受け入れることができた。

大学院の師匠に比べるとShawn、Vickeyをはじめ升砲館の師匠の方々、先輩方はとても優しいのだが、指摘を受ける際は条件反射でびくびくしてしまう。
失敗が許されない怖いものであると感じ、必要以上に緊張してした。
しかし、前回の実技試験でShawnから指摘を受け、合唱との結びつきを強めることを意識し、練習したことで、コンクールやコンサートのように緊張感を楽しめるようになった。
VPSで先輩方に揉まれながらも、指摘されたことを少しずつ積み重ねることができた。

先月の審査の結果4級に昇級することができなかったが、「私も4級に昇級するには時間がかかったよ」と励ましてくれる先輩の優しさも心強かった。

4級の昇級審査に臨むにあたり、合唱のコンクール当日を思い出し、声を事前に出すなど、準備を入念に行った。
審査でのメトロノームの音は私には心強く、楽しむことができた。
講評では蚊の音が好評であり、先輩方からは基本に忠実であったとコメントを受けた。
自分の努力の方向性が間違っていなかったことに自信が持てた。

このような経験は英語道場でなければ味わえない喜びであり、升砲館で英語の師匠と優しい先輩方に巡り会えたことは本当に幸運である。
さらに、あきさんをはじめとする事務局からの温かいサポートもあり、素晴らしい道場に入門できたと感じる。

しかし、まだ道半ばであり単語、単語での発音や舌のポジションは意識できるが、それが繋がるとまだ頭が混乱してしまう部分がある。
英文を読むときにはフォーカルポイントが後ろに行きがちであり、単語での発音と口のフォームが少し変わってしまう。

これからも升砲館で精進して英語を奏でるのにふさわしい体を構築し、当たり前のように国際誌に投稿して、国際学会では海外の研究者と議論ができるようになりたい。
私を温かく見守ってくださる師匠、先輩方の期待に応えたい。

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